あの巨大なバッタが、みつ子の幼く白い身体をうつぶせに組み敷いていた。
電柱のようなバッタの胴の先端は、みつ子の股の間に消えていた。
みつ子の顔は、墨で塗られたポスターのように、見えなかった。
頭が想像することを拒んでいた。
絶叫が喉を震わせる。
全身に、タワシのような毛が生えた。
きつく巻いた包帯を突き破り、肋骨から蟲の脚が現れた。
額の肉がうごめき、視界が六角形、八角形、十二角形になっていった。
犬歯がぐんぐん伸び、下唇を削った。
やがて、体の変化が止まった。力が全身に溢れている。初めての経験だった。
前を向いているはずなのに、左右と上が同時に見える。
手足の先は槍のように鋭く、それでいて繊細な感覚があった。
窓ガラスに、俺の姿が映った。
剛毛の生えた赤黒い皮膚。顔にある八つの眼。長い牙。脇腹から生えた八本の脚。
これが、俺か。
「彼女は、母になる」
今まで喰らったどんな打撃より、脳を揺さぶられた。
みつ子が、あの幼い体で、母になる。
「そして、わたしが新たな世界の父だ」
朽木の引き笑いが、耳鳴りでよく聞こえなかった。
「……てめえ」
ため息のような声しか、出てこない。朽木の軽蔑しきった声が、上から降ってきた。
「さっき、彼女は非常に良かったと言っただろう? あれは彼女がわたしの夢を叶えてくれるというだけではない」
勝ち誇った顔で、朽木が俺を見下ろしている。
「味も非常に良かったよ」
窒息しそうなほど激しい引き笑いが溢れだす。頭の中が縮んで、ぱちんと焼き切れた。
私はもう、弘一郎さんに会う資格はありません。
弘一郎さんに助けてもらった清い体は、汚されてしまいました。
バッタに抱えられて空に飛びあがったときに、私は意識を失いました。
眼を覚ましたとき、私は窓のない白い部屋の、病院にあるようなベッドの上で横になっていました。
私は悲鳴をあげました。丸眼鏡をかけた、ぞっとするような目の男が私を覗きこんでいたのです。
男は、朽木和仁、と名乗りました。話し方は丁寧でしたが、私を見る目は、理科の実験で解剖されるカエルを見るように好奇心で濁っていました。
突然、朽木が覆いかぶさってきました。
私は荒々しく服を剥ぎ取られ、弘一郎さんのことを思って精一杯抵抗しましたが、ついに――
炎に導かれるように、何万匹という巨大な蟲たちが空の果てから飛来した。
虫たちは地上に降り立つと、肉片、死体、生きている者を問わず、むさぼり始める。
爆発を生き延びた人々は逃げ惑うも、炎の壁に阻まれて東京の外に出ることはできなかった。
そして、背後には巨大な蟲がずらりと食事を待っている。
軽トラックのようなカタツムリに皮をかじり取られていく者。
畳のようなゴキブリにのしかかられ、飴のように舐め取られていく者。
ジガバチに噛み砕かれ、肉団子にされる者。
うちわのような蚊に管を突きこまれ、血を吸い取られて干からびる者。
川に跳びこんで逃げる者は、小型ボートのようなタガメが、ココナッツ・ジュースを飲むように血を吸い取った。
草食であるはずのバッタやウマオイも、美味しそうに人間をかじった。