###第1章
ゴト。おかあさんがおとうさんのコップをテーブルに置いた音だ。
コト。これは、私のコップの音。手をのばし、コップを取るとスープを飲む。
ゴトン。おとうさんがスープを飲み終わって、コップを置いた音。
カタカタ、ギシギシ、ガチャ。おとうさんが飲み終わったスープを台所に持って行って、洗物に重ねた音。
ギシギシ。おとうさんがドアに向かってる。パタパタ。おかあさんがお父さんを追って歩く音。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
おとうさんとおかあさんと私は、「闇の家」で暮らしている。
ギギィ。おとうさんが出かけるとき開くドアの向こうから目に突き刺さる「光」を私は、見つめた。
「闇」がなんなのか、わたしにはわからなかったので、ある時おとうさんに尋ねた。
「闇って何なの?」
おかあさんが静かに顔を上げ、おとうさんのからだが、大きく私に向いたのが空気の動きでわかった。
しばらくしておとうさんが答えた。
「おとうさんが出かけるとき、目を開けていられないだろう? あの目の痛みのないこの場所が「闇」だ。だからここは「闇の家」ということだ」
おとうさんはそれだけ答えると、これ以上何も尋ねるなと私に言った。私は頷くしかなかった。その気配は両親に伝わった。でも、本心は違った。
私は闇の家からでたことがなかった。だから、おとうさんが出かける「村人のいる所」に行ってみたかった。
私たち家族は、「気配を消す」ことができる。私もおとうさんとおかあさんから気配を消すことは厳しくしつけられていた。
だから、私が「闇」を尋ねた時の両親の「気配」は尋常でないことに驚いた。おとうさんもおかあさんも、気配を消すことを忘れていたからだ。
私は「闇」と「闇の外」への興味が大きく膨らんでいった。
「闇の外へ出たい」――それは私の願望になっていった。
そして、私はある日、「闇の家」を抜け出すことに成功した。私は、おとうさんが出かける少し前に、静かにドアの横で気配を消して待っていた。いつものように、おとうさんがドアを細く開けた。光の矢から顔をそむけ、固く目をつぶり
「行ってくる」
というおとうさんの声を合図にドアの外に出たのだ。
外に出た途端、全身を光の矢が突き刺した。痛みで動けない。うずくまって、絶えず突き刺さる光の矢の痛みをじっと耐えた。
痛みに耐えながら目を少しづつ開けてみる。目にも容赦なく光の矢が突き刺さる。それでもあたりが少し見えてきた。闇の外から聞こえてきていた「村人の声」の姿が見えた。二つの声の姿が、なんとか見える。村人の姿かたちを私は初めて見た。
その村人二人がしゃべりながら、ズンズンこちらに近づいてくるではないか。私は突き刺ささる光の矢の痛みで逃げることができない。痛みに恐怖が加わった。
捕まる! そう思った瞬間、村人が私を通り抜けた。そして次の瞬間、地面からぐいっと引っ張られ、あろうことか村人に引きずられ始めたのがわかった。
「何!?」
思わず出た言葉に村人の一方が
「ん? 何って言ったか?」
ともう一方に尋ねた。もう一方の村人は
「いや? 言ってないぞ」
どういうことなのだろう? 村人は私の存在に気づかなかった。でも今、私はその村人に引きずられているのだ。逃げたいのにできなかった。不思議なことに、光の矢を村人が盾になって、跳ね飛ばして私を「守って」くれているようにすら感じた。痛みが消え、目も開けることができるようになった。村人は光の矢が突き刺さっても全く動じていなかった。そして、村人は捕らえた私をひきずるのをやめようとしなかった。