本編

　彼はセックスが、そう好きではないのかもしれない。
　いや。もしかしたら、わたしとはしたくないのかも。
　そんなことを考えながら、彼の寝顔を眺めていると、どんどん惨めな気分になってくる。
　付き合ってもう半年も経っているのに、セックスはおろかキスさえしてないなんて、どう考えてもおかしすぎる。二人ともとうに成人しているし、彼に関しては私と付き合う二年前まで恋人がいたと聞いている。しかもその女性とは結婚する寸前までいったという話だから、触れあうことに関しては問題がないはずだ。ならば行き着く答えは一つ。わたし相手だとその気にならないのだ。女より男が性的な衝動が大きいはずなのに、同じベッドに寝ていても何もないということは、つまりはそういうことだろう。
　好きだから触れたいし、触れてほしい。わたしはそう思っているけれど、彼はそうではないらしい。
　しんと静まりかえった寝室で、眠れないまま膝を抱えながら彼の寝顔を見ていると、その彼が寝返りを打った。学生時代ラグビーをやっていた彼の背中は大きくてたくましい。その背中を眺めているうちに、またため息が漏れた。

　セックスはしないまでも、抱き合って眠るようになって三か月の間に、彼の腕の中が心地良く感じ始めていたけれど、わたしはそれだけじゃ足りない欲張りな女らしい。そんなことをつらつらと考えていると、鼻の奥がツンと痛くなってきた。涙がこぼれないように顔を上げると、カーテンの隙間から月の光が漏れていた。
　目に溜まった涙を拭い、再び彼の背中を見る。向けられた背中がわたしという存在を拒んでいるように見えてきて、また涙がこみ上げてきた。彼の姿がどんどん歪む。わたしは、いつまでこんな惨めな気分を味わわなければならないのだろう。彼と付き合うようになって、ようやく過去の自分を忘れられるような気がした。彼と一緒なら、きっと乗り越えられると思っていたけれど、なかなかうまくいかないものだ。
　時計を見ると三時になろうとしている。湿り気を帯びたひんやりとした空気が広がる部屋には、時計の秒針の音と彼の寝息が響いている。それらを聞いているうちに高ぶった感情の波が収まってきた。残った涙で滲む目でもう一度彼の背中を見た次の瞬間、勝手に体が動いていた。

　温かくて硬い背中に顔を寄せると、彼の匂いがした。今では嗅ぎ慣れてしまった匂いだけど、こうして意識して嗅ぐだけでささくれだった心が凪いでくる。
　でも、幾ら嗅いでも惨めな気持ちはなくなってくれなかった。