作成:2019-06-01 15:15
最終:2019-06-16 00:49
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概要 母親から見合い話を持ち掛けられる度断り続けていた瑠衣。その理由は彼女の仕事のこともあるのだが、ビジネスパートナーであり別れた恋人でもある男のことがいつまでも忘れられなかったから。しかし、彼女は未練を誤魔化し続けて元恋人の一番近くに居続けたのだが、その元恋人の異変に気づいてしまったことから、それまで誤魔化し続けてきた未練と向き合うことに。彼女は自覚したばかりの未練を抱えたまま見合いが行われる地へ向かう。(6/14 21:00より連載中)
本文
私の中で思い出が塗り替えられているかどうか、あなたの目で確かめて
このお話は「イヴのめざめ」のなかに登場した女性・ルイさんのお話です。イヴのめざめとクロスオーバーしている場面もありますし、イヴではでなかった渡海さんとルイさんの話も登場します。できるならば二つ併せて読んでいただけると嬉しいです。
冒頭紹介 《第一章》はじまりのきっかけ
「そろそろ仙台(こっち)に帰ってきたら?」
いつもなら聞き流す言葉なのに、そのときの私はそれができなかった。
「そうね、そろそろ帰ろうかしら」
しおらしい言葉で返事をすると、受話器の向こうにいる母親が急に黙り込んだ。それに気がつき呼びかける。
「お母さん?」
すると、すぐに聞き返された。
「瑠衣(るい)、何か、あった?」
心配そうなというより深刻な声だった。電話するたび帰ってこいと言うくせに、しおらしい返事をしたらしたで何かあったかと詮索される。これが親というものなのだろう。そんなことを考えながら、いつも通りの口調で答えた。
「何もないわよ」
「そう? いつもは聞き流すくせに、今日に限ってしおらしいこと言うんだもの。心配しちゃったじゃない……」
「疲れているだけよ。さっき帰国したばかりだもの」
弱気な言葉を漏らしてしまったのは、きっと日本に戻ってきたからだ。海外での仕事を終えて帰国すると、気が緩んでしまうから。その上、会話の内容はともかく母親の声を聞いたから、ついほろりと零れてしまったのだろう。久しぶりに耳にした母親の声は、気を緩ませただけでなく望郷の念を強くさせた。
故郷・仙台を出てから、もう一四年が過ぎようとしている。あと四年もすれば、東京にいる時間が故郷にいた時間を追い越してしまうけれど、この間そんなことを意識したことがない。しかし近頃では、故郷を思うことが増えてきた。それはもしかしたら、年を重ねたからかもしれない。
でも、今の仕事を続けるためには、東京から離れられないし、だから余計に望郷の念が年々強くなっていた。そんな胸の内は、母親には話しにくいものがある。心のなかでため息をつきながら返事を待つが、母親は何も返してこない。気持ちを切り替えて、言葉を促した。
「ところで何かあったの? 帰国したらすぐに連絡してって留守電が入っていたんだけど」
日本に帰る二日前、母親から着信があったけれど、時差のせいで直接話せなかった。日本では日中だろうが、ドイツでは真夜中だ。その時間は、ぐっすり眠っていた。母親からの電話の内容は、大体あの話題に決まっている。それが分かっているから、すぐに電話しなかったのだが、避けてばかりではいられない。だから、自宅に戻って心の準備をしてから電話を掛けたのだから。耳を澄ましていると、案の定想像通りの言葉が聞こえてきた。
「ああ、そうだったわ。あのね、あなたお見合いしない?」
「また? あのね、お母さん。お相手、私がヌードモデルをしていること知っているの?」
ため息交じりに尋ねると、母親はすぐさま切り返してきた。
「お相手は御存じだったわよ。というより、知った上でこのお話を持ってこられたの」
「え? どういうこと?」
「それはこっちのセリフよ、瑠衣。よく分からないうちに、とんとんとんって決まっちゃって……」
困っているのか面白がっているのか、どちらともつかない母の言葉ほど厄介なものはない。それよりも気になったのは、私の仕事を知っている見合い相手のことだ。
三〇を過ぎた頃から、母親からの電話といえばお見合い話だった。
しかも、その見合い相手は九割がた公務員か、堅実な職業の人ばかり。お堅い仕事に就いている男が、わたしのような女を妻にするわけがないのだ。いくら仕事に貴賤はないと言われようが、自分の裸を人前に晒すような仕事は一般的に卑下されるし、異性からは色眼鏡で見られやすい。それを知っているから、母親から見合いを進められたとき、自分の仕事を話したのだ。
だが、ヌードモデルをしていたのは数年前までで、今は緊縛の受け手をしている。つまり、縄で縛られるモデルだ。その仕事をしていると言ったなら、母親はショックを受けてしまいかねないし、だからヌードモデルとしか言っていない。どんな理由があるにせよ、嘘をついていることは否めない。罪悪感が心に広がり、ついため息が漏れた。それに気づいたのか、スマホのスピーカーの向こうで、母親が遠慮がちに話し始めた。
「とんとんとんって決まったっていうのは、あとはあなた次第ってこと。お父さんも瑠衣にはもったいないくらいの相手だって言っているし、お母さんも同じ意見よ」
返事を考えているうちに、外堀を埋められているような気がした。
不穏な空気を感じ取り、もはや逃げられないことを覚悟せざるを得なかった。
今まで見合いを断れた理由は、わたしがヌードモデルをしていることだ。それが使えないとなると、いっそのこと本当の仕事を話そうか。そんなことを考えてしまう。いや、そんなことよりも、なぜ見合い相手は偽りとはいえヌードモデルをしていることを知っているのだろう。しかも、母親だけでなくあの父親でさえ太鼓判を押すほどの相手だ。よほどしっかりした職業に就いている男に違いない。このまま何もしなかったら、見合い話が結婚話に一気に進んでしまう。そんな危機感にも似たものが胸に広がり始めたときだった。
「でね、あなたいつ仙台(こっち)に帰ってくるの?」
母親から唐突に尋ねられたが、すぐに返事ができなかった。
次の仕事まで一週間ある。それを終えたら、秋保(あきう)か作並(さくなみ)に行って、温泉に浸かり疲れをとろうと考えていた。
海外から帰国したら、なるたけ早く温泉に行くことを母親は知っている。見合い話を切り出されなかったら、温泉に行ったついでに実家に帰ろうと思っていたし、母親もそれを狙っていたのだろう。となると、仙台に足を踏み入れたら最後、そのまま結婚させられてしまいかねない。だから、予防線を張ることにした。
「……次の仕事まで時間がないし、それが終わったらまたドイツに行くから、今回は帰らないわ」
「今度はいつ発つの?」
「三週間後よ」
「そう。相変わらず忙しいみたいね。でも、週末こっちに帰ってらっしゃい。久しぶりにあなたと一緒に温泉に行きたいから」
「今週末はいろいろ忙しいの」
「あら、残念。せっかく松島に行こうと思ったのに」
松島と聞いた瞬間、心が揺れた。松島は風光明媚な景色が有名な観光地だ。大小二〇〇を超える島々が点在する松島湾に、まばゆい朝日が差し込む光景は神々しささえ感じさせる。その景色は疲れを忘れさせてくれるし、それを眺めながら浸かる温泉は最高の贅沢だとわたしは思っている。
「もしも、あなたが週末にこっちに来てくれるなら、松島のあの宿を押さえておくけど?」
母親は、わたしが気に入っている宿をしっかりと把握しているらしい。近場とはいえ、娘と一緒に旅行したい親心は理解できるが、それにしてはずいぶんと手際がいい。いやな予感がした。
「もしかして、ついでに見合いさせるつもりじゃないわよね?」
「あら、もちろんそのつもりよ」
その言葉を耳にした瞬間、ついため息が漏れた。受話器を握りしめたままソファにころんと横になる。
「ああ、そうだわ。これだけは伝えておかないと」
「今度は何? まさか見合いを断るなじゃないでしょうね?」
「いいえ。どうしても嫌なら、この話は断ってくれても構わないってお相手がおっしゃっていたのよ」
「どういうこと?」
「わたしも分からないわ。でも、一度でいいから、どうしてもあなたに会いたいって」
見合い相手がどのような男か分からないけれど、こちらの仕事を分かった上で話を持ち掛けてきたくせに、随分と弱気なことを言うものだ。それが気になったけれど、相手がそう言っているなら、温泉を楽しむついでだと思えば悪い話じゃない。それに見合いをしたって、どうせ結果は目に見えている。興味本位でヌードモデルをしている女に見合いを持ち掛けてきただけかもしれない。そう思うと気が楽になった。
「いいわよ。温泉のついでだと思えばいいんだもの。その代わり今回お見合いしたら、もう二度と見合い話を持ってこないって約束してくれる?」
「いいわよ。どのような結果であっても、今後あなたにお見合い話を勧めないわ」
「約束よ。じゃあ、今週末そっちに帰るから」
「わかったわ。松島のあの宿を押さえておくわね。あと、どうせだったら現地集合にしましょう。そちらの方が観光もできて楽しそうだし」
理由はどうあれ、娘と旅行に行けることが嬉しいらしい。まるで少女のようにはしゃぐ声が聞こえてきた。温泉のついでにするとはいえ、最初から断るつもりの見合いだから気が楽だ。しかし、すっきりできなくて、心の中でため息をつく、そのため息は、母親の策に引っ掛かってしまったことを悔いたため息ではない。
「じゃあ、金曜日の夜に電話するわ」
「そうしてくれると助かるわ。いつ電話したらいいか分からないんだもの」
さらりと嫌みを言われてしまい、ちくりと胸が痛んだ。
その痛みは波紋を描きながら全身へと広がっていき、懐かしい痛みを呼び覚ました。
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